逃げる靴音

追う靴音

泣き喚く叫声

追い求める手

女の首にかかる手

男の胸に突きつけられる刃

もがき宙を描く白く細い手

突き刺さる刃

ガーネットレッドの血飛沫

痛みで震える手

宙を描いていた手が力をなくす

こぼれ落ちるパールの首飾り

飛び散る紅い真珠の輝き

並ぶ屍




【或る人形師の輪舞曲\】




「・・・・・。」

ジズは薄暗い部屋の片隅のベッドからゆっくりと体を起こし、眉間を押さえた。

「またあの夢ですか…」

そう呟いた時、部屋の中にノックの音が響き渡る。
「どうぞ」
扉の開く音がして、目をそちらに向けると
リデルが扉の前に立ち、同じようにこちらを見ていた。

「おはよう、ジズ。
久しぶりの常闇、よく眠れた?」

リデルがにこやかにそう言うと、
ジズは側にかけてあった帽子をつけながら答えた。

「いえ、正直あまり寝れませんでしたよ。
夢で。」
と苦笑しながらジズは言う。
リデルは眉をしかめた。

「夢って…あの夢…?」
「いえ」
ジズは目覚めたばかりとは思えぬ笑顔で手をひらひらと振った。
「あるヴェネチアの芸術家が『貴様の不完全な体をヴィーナスのような美しい完全にしてやる』
と言いながら私の両腕をもぎ取ろうとしてくる夢です。」

リデルはゾンビながら恐怖だったらしく、
笑顔をひきつらせながら「あ、悪趣味ね」とだけ答え、
それに対してジズは「よい趣味でしょう?」と茶化した。


「一応朝食という名の食事の支度ができてるわ。」
リデルは前髪を耳にかけ直し、昇ったままの紅い月に目を向けた。
「そうですか、わかりました。
今支度をするので先に行っていて下さい。」

リデルは軽く返事をすると扉を閉め、遠ざかっていった。


その足音を確認すると、再びベッドに腰を下ろし
ため息をもらすと小さく俯いた。

「―シャルロット―」




「ふわぁぁぁぁあい」
ユーリは虫が飛び込んで来そうなほど、大きくて間抜けなあくびをかました。

「行儀が悪いですよ。ユーリ。」
アンネースがサラダを盛り付けながらぴしゃりと言い放った。

窓からカーテン越しに差し込む柔らかい朝日。
上品な花の香り。
落ち着いた色合いの木のテーブル。
漂う紅茶の風味。

ここはどうやら教会の裏手にある宿舎で、
何故かユーリ、カンタそしてシャルロットは朝食を共にしているらしい。

先ほどペペはユーリに「朝だけど棺桶に戻らなくていいの?」と聞いていたのだが、
ユーリは鼻を鳴らしてやはり得意げに「はんっ朝日に当たり砂になるなどというのは
私よりはるかに下等な吸血鬼だけだ!朝には強い。」などと豪語していた。
が、しかし吸血鬼としては朝に強いものの
別の意味で「朝に弱い」らしい。

「ねむい…」
「棺桶ニ戻ッテ永眠シテロ」

カンタの超絶毒舌の後に、ユーリはもう一度間抜けなあくびをした。

目尻にうっすら(眠くて)涙が浮かんでいるユーリは
ふと思い出したようにあくび混じりでカンタに問いかけた。

「カンタ、そういえばジズはどうした?
君達は一緒に行動してただろう?」

一瞬朝の空気が凍り付いたように固まった。
お湯を沸かしている音だけが響き渡る。


「…アンネースさん
御馳走様でした…」
「え、えぇ…」
シャルロットは紅茶のカップを重そうにコースターの上に置き直し、
身の丈ほどの椅子の高さから降りた。
(高くて降りられなかったのでぺぺに降ろしてもらったのだが。)

そして顔をうつむき、のろのろと足を引きずりながら
開きかけの食卓の扉を出て行った。


「…えっと…なにかいけないこと言ったかい…?」
3人はユーリのひきつった笑顔をしばらく白い目で見つめたかと思うと、
「シンドケヤ。」
「何があったか知りませんが、デリカシーがないですね。」
「そういうの『さいてー』って言うんだよ。」
と口々に言った。

「おい、無茶を言わないでくれよ。」
ユーリは両手でその空気を振り払った。
「デリカシーも何も、私は何も知らんのだ!」
ユーリはかなり悩ましげに絶望のポーズをとったが、
もうすでに誰も見ていなかった。

「ねぇカンタ、
ほんとはジズ、どこに行ったの?」

ユーリは椅子ごと後ろに倒れた。
しかし3人は気にする様子がない。

「私と同じ事を聞いているじゃないか!」
ユーリは痛みをこらえながら机に手をかけた。

「今はシャルロットがいない。」
ペペの冷たい言葉に、ユーリはグッと言葉を詰まらせた。

「ジズハ―」
カンタはちらりと、シャルロットの出て行った扉を見ると、簡潔に述べた。

「ジズハ、モトイタ場所…
奴ノモトイルベキ場所ニ帰ッタ。」
「なんだと…」

カンタの言葉にいち早く反応し、困惑した表情を浮かべたのは
他でもないユーリであった。

「『常闇』…に帰ったって事か…?
あの、ジズが…」

アンネースが眉間を寄せた。
「話が見えないのですが―
『常闇』…とは?」

ユーリは今までの行動からは到底予測出来ないくらいの
険しい顔つきをしている。

「『常闇』―いわば冥界。
其処は、死者の集う場所。」

カンタはユーリに続く。
「ツマリ、ジズハ『死者』ナンダ。
シカモナゼカ、トビキリ上級ノナ。」




聖堂内のステンドグラスから七色の日が射し込み、
一人寂しげに立ちすくむシャルロットの横顔を照らしている。
「シャルロット」

その男の声に少し期待を抱き振り返ると
そこには、ユーリの姿があった。

シャルロットはあり得ない事象に僅かに期待を抱いてしまった自分をのろい、
ユーリに大してはずかしいやら申し訳ないやらで顔を向けられない気持ちになった。

「さっきは…すまなかったな。君の気持ちも考えずに。」
ユーリは血のように紅い瞳でシャルロットを真っ直ぐに見つめてきた。
シャルロットは思わず目を逸らし、床の傷になんとなく視線を留めた。

「いえ…いいんです。
私も…失礼な態度をとってしまって…」
体だけユーリに正面を向け、深くお辞儀をした。

「…ごめんなさい。」

何故だか、また涙が溢れ出てきて、
シャルロットは顔を上げることが出来なくなった。


雫が滴り落ち、床を濡らした。
ユーリは何も言わずにシャルロットに近づき、
そっとその顎を白く細い指でくいと持ち上げ、
サファイアの潤んだ瞳を自分の顔に向けた。

「綺麗なサファイアブルーの瞳が台無しじゃないか。」
ユーリの指は優しくシャルロットの小さな涙を拭い、
彼は柔らかく微笑んだ。

「私の正体―カンタから聞いているか?」

「え…?」


笑顔の向こう側、血飛沫が上がったように見えたのは
彼の背中から伸びる紅の翼。
大きく広がり、輝きを増した。
それは溶岩のように不気味で、
ユーリの笑顔は、自信に満ちあふれ、不敵な笑みにも見えた。


「『ワタリビト』
闇とこの世界を行き交う、選ばれた翼を持つ者。

それが僕―いや、我が輩
ヴァンパイア・ユーリだ。」




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やっと真面目なユーリが
ヘタレ大好きですがギャップ萌えも大好きです(死んでしまえ
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