蒼白い満月は、埃を被った紅い絨毯を照らし、
独りの少女…いや、人形の影を映し出していた。

「カンタ…?やっぱり無理なのかな…」
か細く震えた声が小さく部屋を横切る。

「無理サ…
イツモイツモ、イロムナ場所ヲ行ッタリ来タリ。
クフキノヤウナ、オトコダカラナ。」
カンタはそう言うとそっぽを向いた。

「そう…」

開いたままの扉からは一筋の月光と、秋の虫の音がもれている。

「…もう…ジズには会えないのかしら…」

シャルロットは冷たい月を見上げながら言う。

「サア…
…マ、ジズ本人ガ連レ出シニ来ルカモナ。」

シャルロットは「えっ」と小さく声を上げたが、すぐに視線を落とした。
「ジズは…」
喉元に何か熱い物が込み上げたものを
振り払うかのように首を振る。

「ジズは…私みたいな人形のために
わざわざ帰って来たりしないわ…」
「オマエハ、」

急に遮ったカンタの厳しい声にシャルロットは一瞬びくついた。

「…オマエハ、ジブンガ、ジズノ他ノ人形トオナジダトデモオモッテイルノカ?」

「え…?」

「オマエノ存在ハ、ジズニトッテ特別ダ。」


虫の声が強く凛と響きわたる。

シャルロットが再び口を開こうとしたとき、
窓の向こうの街並みから奇妙な叫び声が響いてきた。




【或る人形師の輪舞曲[】




「じぃぃぃぃいいいいずぅぅぅぅうううう!!!!!!」

だんだん近づいてきたその声が極限まで大きくなったかと思うと
爆発音のような音とともに扉が勢いよく開かれた。

「じっジズ!!たすけて…って、アレ?」

扉の前には息を切らしたペペが呆然とした様子で立っていた。虫は鳴くのをやめ、草陰から様子をうかがっているようだった。


「ジズナライナイゾ。
デカケテル。」

カンタはめんどくさそうに答えた。

「えー!!たいへんなのに…」
「何かあったんですか?」

おずおずとシャルロットが尋ねると、ぺぺは自分の足もとに目をやり
そしてたちまちぱぁっと表情が明るくなった。

「シャルロット!!君しゃべれるようになったんだね!?
そうなんだ、大変なんだ!!」
ぺぺは世にも不思議な話す人形を物ともせずに
目も回るような早さでまくしたてた。

「カンタもシャルロットも、
タイヘンなんだ!!アンネースが!!
とにかく一緒にきて!!」
「え?」
「ナッ…」

ペペは言い終わる前に2人を担ぎあげると、
その短い足を必死に動かして走り始めた。




様々なものが飛び交う。
枕…クッション…ランプ…櫛…椅子…鏡…ナイフ…釘バット…薙刀…

風を切るナイフ―
鈍い音を立てて壁にぶち当たる鉄製の金槌―
舞い散る布団の羽―

「や、やめ…ひぃっ!!」
薙刀が風を切って壁に刺さる。

アンネースはどこからか持ってきたのか一本の剣を構え、
世にも恐ろしい形相で壁際に追い詰められた可哀想な男を見下ろした。

「―夜中に人の部屋に立ち入るとは…
何を考えているのですか…?」

「え…いや…その……ひぃっ」
ユーリの顔の横にはアイスピックが突き刺さる。

「しかも…女性の部屋に忍びこむなど…
言語道断!!神の元にて罰を受け己の行為を悔い改めなさい!!」
「ぎゃーーーーー!!!!」


陶器やらガラスやら床やらが割れて激しく飛散した。


アンネースが振り下ろした釘バットの横で
泡を吹いてのびているユーリを息を切らせながらにらんでいると
ガラスやナイフが突き刺さりズタズタになったドアが開いた。

「アンネース…って何これぇ?!」
「酷い…いったい何が…」
「…オホカタアンネースノシワザダロ」

アンネースは入り口で立ち尽くしているペペ達に気付くと
たちまち頬が真っ赤に染まり
慌ててボサボサになった髪の毛を手ぐしで整え出すと
小さな声で呟いた。

「わ…私としたことが…」




うぅ…みぞおちが…体の節々が…
顔は…私の顔はどうなって…

「………すか?」

なんだ…?この鈴の転がるような愛らしい声は…?

「…じょう…か…?」

天使…天使なのか…?

「大丈夫ですか…?起きて…」

瞼の切れ目から差し込む月の光に照らされ
独りの可憐な少女の姿が網膜に映りこむ。

ルビー…ガーネット…薔薇…

薔薇……

「君は私の薔薇色の天使だぁ!!」
「ひぃぃぃぃぃっ?!」

急に目を覚ましてシャルロットに襲いかかったユーリの額を
何故か金だらいが襲った。

「はぐぅっ」
「女性の前ではしたない真似はおよしなさい。」

カンタとペペの目は
どっちがだ、とでも言いたげで、
ユーリは額を押さえ、顔が…と何度もつぶやきながらもう一度起きあがった。

「えと…だ、大丈夫ですか?」
シャルロットは若干ひきながらも恐る恐る問いかけ、
顔は大丈夫ですとつけ加えた。
「ありがとう…薔薇色の天使…」
「そ、そんな…シャルロットでいいです。」

シャルロットは顔を真っ赤に染めて慌てて手と首を振る。

「デ、オマエハコンナトコロデナニヤッテンダ、ユーリ」

ユーリはその声が聞こえると、驚きを隠せない顔で声の方に目をやり、
たちまち爽やかとも言える笑顔になった。

「君は、カンタじゃないか!!
何やってるんだい?こんな所で。」
「ソレハコッチノ台詞ダ、ヘタレ吸血鬼メ」

カンタがうざったそうに答えると、
アンネースとペペ、そしてシャルロットは『吸血鬼』という聞き慣れないワードに眉をひそめた。

「『きゅうけつき』ってあの…ヴァンパイアの事?」
ペペは少し警戒しつつ後ずさりして、こわごわと聞いた。
「あぁ…それで…」
アンネースはあきれたようにため息をつき、
懐から一枚のワインレッドのカードを取り出した。
「こんな物を事前によこしていたのですね」


三人が覗き込むと
そこにはこう記されていた。

今宵  
貴女の清き血を戴きに参上する

華麗なる吸血鬼  ユーリ


「これって…」
「なんなんですか…?」
「イワユル、予告状ッテヤツダナ」

いつの間にか立ち上がっていたユーリは
微妙に芝居がかった振る舞いでカードをびしりと指さした。

「当然!吸血鬼たるもの、血を戴く前には
予告状を出すのが道理と言うものであろう??」

冷たい沈黙が流れる
外ではフクロウがその沈黙に合わせて取って付けたように鳴いた。

「…ふつうさ、予告状だすのは
吸血鬼じゃなくて…怪盗さんだよね?」

ぺぺのその言葉に、空気がきいんと音を立てて凍った感覚が走る。

「………」

ユーリはさっきの得意げなポーズのまま硬直している。

「…コノ『ヘタレ』メ…」


月は沈み、空は淡く白み始めていた。




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進むの遅くてごめんなさい。
作風変わってきてすいません。
ユーリが滅茶苦茶でアンネースが酷くてすいません
ヒロイン空気。主人公は二酸化炭素。
どうしよう。
ジズに会わせたいのになかなか話が進みません。
どうしたらいいですか。
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