あなたは闇に透けていった

それはあなたがガラスのように透き通っているからなのか

それともあなた自身が闇だからなのかは

あなたを知ったばかりの私には

到底わかるはずもない

もうあなたはここにいないから



【或る人形師の輪舞曲Y】




人がほとんどやって来ない、静かな静かな街角に
夜の冷え切った空気が降りてくる。
街灯もなく、人影もない。

真っ暗闇の中、ひとつだけ見えるのは
小さな小屋にぼんやりと灯った寂しい光だけ。

そのクリーム色の光の中に、力なくうずくまる小さな少女の姿があった。


「うっ…うっ……ひっく…」

シャルロットは自分の薔薇のように紅いドレスに顔をうずめ、ひたすら泣き続けていた。

ジズは、どこかに行ってしまった。
シャルロットを独り置いて。
シャルロットは初めてできた友人を失った。

シャルロットは小さく叫ぶ。

「おねがい…ッ戻ってきて…
わたしの傍にいて…独りにしないで…」

夜は容赦なくシャルロットの細く華奢な体を突き刺す。
悲しみと孤独に追い討ちをかけるように。

シャルロットの泣き声は小さな部屋に寂しく響きわたる。
すると、その泣き声に混ざり
何かを話すようなこしょこしょという物音がシャルロットの耳に届いた。

シャルロットは涙でくしゃくしゃになった顔を上げると
赤く腫れぼったくなった瞼をこすり、振り返った。

彼女の視野に広がったのは
色とりどりのマリオネットが、彼女を取り囲み、皆一斉にこちらの様子を伺っている、という
なんとも衝撃的な風景であった。

その、あまりにも強烈なインパクトだったおかげで
涙の流れが止まった。


『薔薇ダ』
『薔薇が泣いテいル』

マリオネットたちは次々に、
起伏のない声でそう言った。

『ジズ消えタ』
『闇ニ消エた』

その声を聞くと、シャルロットはもう一度俯いた。

『キッともウ帰っテ来なイ』
くすんだ赤い帽子をかぶった兵隊のマリオネットがそう呟くと、
部屋の中に冷たく湿った空気がつうと流れ込んだ。

シャルロットは赤い目を向け、
涙でしゃがれる声で問いかけた。

「…どうして帰ってこないの?」

「ジズハ、モトモトコノセカヒノモノデハナイカラサ」

背後から聞き覚えのある声がした。
シャルロットが飛びつくように振り返ると
黒ずみ汚れた古いぬいぐるみ、カンタの姿がそこにあった。

「ジズハ、『常闇』ニカエッタムダ。」

カンタは表情を変えずに、シャルロットに歩み寄った。
シャルロットはしゃくりあげる。
「…『トコヤミ』……?」

カンタはかくんと頷く。「リデルッテヤツガイタダロ。
アヒツモ、『常闇』ノジュフニムダ。」

困惑するシャルロットの背後で、マリオネットたちは口々に唱える。

『トコヤミ』
『ソレハ死後ノセカイ』
『魂ノ、ツドウセカイ』
『ソシテ、ソレハ
決シテコノセカイト交ラナイ』




深くどこまでも続くかのように広がる闇に、
ジズ、リデル二人の足音が唸るかのように響き渡っている。

二人の靴の音が反響する中
何も目で捉えることのできない深淵な闇の中に、
徐々に巨大な建物の姿が浮かび上がってきた。

そのぼんやりした影はやがてはっきりと形を為し
それが不気味に古びた、青黒い蔦で覆われた黒い石造りの洋館だということが確認できると、

ジズはその場に立ち止まり、苦渋の瞳で館を見上げた。

「帰ってきてしまったようですね…」

ジズはそう呟くと、先ほどよりも早足で歩き出し
先を歩いてゆくリデルに続いた。

2人の歩く頭上には紺碧の空が広がり
紅く輝く大きな満月が、館をより一層妖しく見せていた。




シャルロットの顔からは、既に表情が消え
顔にはまっすぐに降りてきた涙の筋が残っていた。
石のように黙ったまま、すすけた紅い絨毯を見つめていた。

「シャルロット」

呼ばれた声の方にゆっくり濁ったサファイアの瞳を向けると
カンタがこちらを見据えていた。

「ジズニ、アヒタイカ」

虚ろな目を再び足元に落とすと
シャルロットは小さく頷いた。
「…でも、わたしは人形。
死ぬことも出来ない身体。
ジズにはきっともう二度と―。」
彼女は言葉を濁すと
淡いミントグリーンの髪が絹糸のようにするりと垂れた。

部屋の隅を黙って見ていたカンタは
ふいにシャルロットの目の前に歩いて行き、
意を決したように口を開いた。
「『常闇』ニイクホウホウガヒトツダケ、アル。」

その言葉は、どんよりと重くかさばった空気を斬りつけた。 

シャルロットは、ばねが跳ねたように顔を上げ
真剣な顔でこちらをみつめているぬいぐるみの目を見た。

「『常闇』ト、コチラノセカイヲユキキ出来ル住人ニ
『常闇』ヘノ扉ヒライテモラフ。」
「扉―」

シャルロットの目に再び宝石のような輝きが戻る。
そして、わずかながらの希望が芽生えた。

「その人は…今この世界にいるの?」




「ふむ…最近では此処に居ることの方が多くなったな。」

空気がぴいんと張り詰めた真夜中の墓地に
目立つ銀髪で、闇にとけ込むような紺碧の長いコートを身にまとう
独りの男が立っていた。

その背中には血のように赤い翼が生え
女性のように美しい顔を持ち、
口元には白く輝く牙がのぞいていた。

蝙蝠が金属の擦れ合う音に似た声を上げて
一気に男の周りから飛び去った。

男は頭上の碧い月を見上げると
不敵に微笑み、翼を広げた。

「さぁ、狩りの時間といこうか。」


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今回はスクロールバーが短いが
そんなに改行してないから量は大して変わらない。

うーん、初期の頃とだんだん文体が変わってきたなあ。

うーんどうしたものか。

つーか、幽玄紳士は?ってかんじですね。次はでるんじゃない?多分。

では、『常闇編』スタートです。
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