【或る人形師の輪舞曲X】




「ご覧なさい。シャルロット」

開け放たれた小窓の縁から小さな顔が覗いた。

空は吸い込まれるような蒼に染まっている。
頬をくすぐり、髪をさらっていくそよ風が心地よい。

「私たちが初めて出会ったときとは大違いだと思いませんか?」
ジズがシャルロットに微笑みかける。
シャルロットは小さく頷くと、もう一度空を見上げた。

「わたしは…どっちも好きよ
雨の空も、晴れの空も。」
「私もですよ、シャルロット。」

2人はもう一度互いの顔を覗くと、くすくすと楽しげに笑った。


青だった空も、やがて橙に染まり始め
空を飛ぶ鳥達は黒い影を落とし始めた。

肌に感じる日の暖かさはだんだん薄れ
日が沈みきると、冷えた空気が二人の肌を包んだ。


変わりゆく空を見つめていた2人の沈黙を破ったのは
鳴り響く鈍いノックの音だった。

ジズは窓から名残惜しそうに目を離すと
振り返って扉の方に近寄る。
シャルロットはジズの姿を目で追い、首をかしげて窓枠から床にぽんと飛び降りた。
「どちら様でしょう?」

ジズの問いに対し、
扉の向こうから、活発な少女の声がくぐもって響く。

「ジズ、あたし。リデルよ。」

扉に手を掛けかけていたジズはその手を戻すと
ひとつ大きなため息をついた。

「何の用ですか」

ジズは心底うんざりした顔をして
向こう側の人物にため息混じりで聞いた。

「何の用?じゃないわ。わかってるでしょう?」
シャルロットはそろりそろりとジズの足下に寄り、彼を見上げた。
「だあれ?」
ジズはシャルロットに気付くと苦笑いで答えた。
「外にいる方…ですか?
…昔の友人ですよ。」
シャルロットはなんともいえない気分になりながらも頷き、2、3歩ドアから離れた。

すると外から罵声にも似た声がドアを貫いてきた。
「ちょっと!!今『昔の友人』って言ったでしょう?!
何勝手に過去形にしてるのよっ!!
とりあえずここ開けなさい!!」

ジズはもう一度大きくため息をつくと、
仕方なさそうに扉を引いた。

入り口の前には黒いゴスロリを着た不気味な少女「リデル」が
手をこまねいて仁王立ちしていた。
外が暗いせいで、暗闇の中に彼女の目が2つ光って浮いているようだった。

リデルはずずいとジズに詰め寄る。

「ずいぶん探したのよ」
「なんでまた」

ジズは目を合わせようとしない。シャルロットが不安そうに2人を見上げた。

「ジズ」

リデルは真剣な面持ちでジズの名を呼ぶ。

「あなたを、連れ戻しに来たの」

シャルロットの表情が一瞬凍る。

ジズはやんわりと笑うと、茶化すかのように受け答えた。
「私をですか?ご冗談を。」
「冗談じゃないわ。
そんな冗談言うためにこんな辺鄙なとこまで来ないわよ。」
リデルはイライラを募らせながらかったるそうに後半をつぶやく。
珍しくジズの表情が固くなった。

「連れ戻すって…どこに?」
弱々しい声に二人が気づき、
聞こえた方を見下ろすと、
シャルロットが心底不安げな顔を向けていた。

「あら、可愛らしいお人形さん。
ジズ、あなたのコレクション?」
リデルが顔を上げると
シャルロットを見下ろしたままのジズは呟く
「いえ…私の小さな友人です。」

シャルロットは上目遣いにぺこりと小さくお辞儀した。

「お行儀がいいわねー。
お名前は?」
「…シャルロット…です」
シャルロットは消え入るような声で答えた。

名を聞いたリデルは一瞬目を見開き
ジズをチラリと盗み見た。
「シャルロット…?」
リデルは腕を組み、眉根を寄せる。
「ジズ、あなた。相当この娘を気に入ってるみたいだけど」
リデルは、はぁ、とため息をつきながら頭を抱えた。
「そのうち別れることになるなんて、解ってたでしょ?」

シャルロットは思わずえっ、と声を上げた。

別れるって…なに…?

シャルロットは少し俯き加減のジズの顔をとっさに見上げた。
ジズは今までにないほどに、硬く口を結んでいた。

「勿論、解っていましたよ。」

ジズは小さく答えた。少し声が震えている。

「しかし―私はあそこへは戻りたくない。
あんな窮屈なところ…」
「ジズ!!」

苦い表情の顔を上げると
リデルの哀しい表情が仮面に写り込む。

「気持ちは解るわ。
―けど」

哀しい目はシャルロットを見た。
シャルロットは事態の展開に戸惑い始め
リデルとジズの表情を交互に見た。

「ジズ、私達はこの娘たちとは住む世界が違うのよ。」

ひょうと冷たい風が部屋の中に吹き込む。

ジズはマントを滑らせリデルに背を向けた。
そして無表情のまま顔を少しリデルに向けた。

「…誰の指示ですか。」

リデルは少しジズを哀れむような目で見ると、目を逸らした。
「―あなたもよくご存知の、幽玄紳士よ。」

ジズの眉が小さく動いたが、
わずかに見える口元は小さく笑った。

「フフ…彼の命なら仕方ないですね。」

ジズは戸惑っているシャルロットに体を向けると
彼女の前に片膝をついた。

「シャルロット」
シャルロットの瞳はわずかに潤んでいた。

「私は、本来在るべき場所に戻らなければなりません。」
ジズは微笑んでいたが、その目は寂しい表情をしていた。

シャルロットはきゅっと口を結んだ。

「私は本来、この世界に居てはいけないのです。
だから…名残惜しいですが…」
ジズは目を逸らした。

「―お別れです」
ジズの指が優しく薄い蓬色の髪を撫でた。

シャルロットはその指を払いのけると、大きく首を横に振った。
「いや、私も連れてって。
また独りぼっちになるのはいやよ。」

シャルロットの目は涙で溢れていた。

ジズはシャルロットの初めての反抗に驚いたが、
また小さく微笑んだ。
「貴女なら、私よりもっとよいご主人と巡り会えますよ。
貴女と私は同じ世界では暮らせない宿命なのです。」

シャルロットは首を振り続ける。

「いや。いや。いや。」

涙がきらきらと散る。
細く柔らかい髪が大きく揺れる。

シャルロットは伸ばされたジズの指にしがみつき、顔をうずめた。

「いや…いや……」

三人の間にはしばらくシャルロットの嗚咽の声が響いた。

リデルは静かに目を瞑り、扉から2、3歩はなれた。


泣き続けるシャルロットから、ジズの手はすっと離れた。
シャルロットは離れたジズの手に手を伸ばすが、
届かないとわかると、ゆっくりと手を下ろした。

「さようなら、シャルロット」
ジズはすっと立ち上がると離れて待っているリデルの方に歩み寄った。


シャルロットはすとんと膝を落とし、その場にうずくまった。
夜の冷たい空気が彼女の頬を差す。

ジズは振り返りたい衝動を抑え
リデルと共に歩き続ける。

「…いいの?ジズ。」
リデルは開け放たれた扉の向こうでうずくまり、
泣いているシャルロットに目を向けながら言った。

部屋の明かりが遠ざかっていく。

「ええ、いいんです。これで…
これ以上長く居ると、もっと別れが辛くなりますから。」
ジズは力ない笑顔で答えた。

リデルはその表情から目を逸らすと俯き、
少し湿っている地面を見つめた。
「そう―」


2人の姿は
日が沈みきった暗闇の中に
段々と
段々と溶けていった




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無駄に長い件について。

なんか気になるワードがありましたね。
幽玄紳士…まぁ上司はみんなの上司ですからね。
楽しみにしてください。

次回から
【闇世のジズ編】です。

泣くなシャルロット。
泣くなら私の胸d(ry
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