【或る人形師の輪舞曲U】




街角にある古びた教会。
灰色の空から降りしきる蜘蛛の糸のような雨の中、
その木製の壁は湿って黒ずんでいた。

ステンドグラスからの薄暗い光でぼんやりと照らされ、
埃をかぶった板の床は七色に染められている。

司祭見習いのペンギンであるペペは、パイプオルガンを磨き続けていた。
そのお陰でパイプオルガンは周りの煤けた床とは対照的ぴかぴかと輝いていた。

がらんとした聖堂内に軋んだ木製の扉の音が響く。

ぺぺはオルガンを拭く手を止めて振り返る。

「ジズ!!」
「ご機嫌よう、ぺぺ」

仮面の男ジズは微笑みをたたえ、高所でオルガンを磨いているペペを見上げた。
「きょうはどうしたの?外はあめだよ。」
ぺぺが動く度に、彼の体に不釣り合いな体の丈の二倍ほどある聖衣が床と
こすれる。
「少し見せたいものがありましてね」
ジズはマントの下から何かを取り出そうとするが、ぺぺは短い手を挙げて制止した。
「まって、まって!!今からそっちにいくからっ!!」
ぺぺはオルガンを磨いていた布をバケツに放ると、
大きな聖衣を引きずりながら駆け下りてジズの目の前に走り込んだ。

「なになに??何を見せてくれるの?」
無邪気にすがるペペを今度は見下ろすと、ジズはマントの内から操り棒を取り出
した。

それと同時にマントのすそから赤いドレスを来た少女が顔を出した。

「わぁ!!あたらしいお人形さんだ!
お名前はなんていうの?」
ぺぺは控えめに顔をあらわにした少女を見て言う。

「『シャルロット』ご挨拶なさい 」

シャルロットは少し恥じらうようにためらい、そして小さくお辞儀をした。
「こんにちは、シャルロット。ぼくはぺぺ。よろしくね」
シャルロットはまた小さく頷いた。
「シャルロットは昨日の夕に僕の元へやってきたのですよ。」
ジズは左目を細め、シャルロットを見つめながら言った。
その瞳は相変わらず何を考えているのかわからなかったが、
慈しんでいるようにも見えた。が、どうだろう。

「よかったね、シャルロット!
ジズはね、人形に命をくれるんだよ。」
ぺぺはそうシャルロットに言い聞かせると、ジズを見上げ、ね?と相づちを求めた。

ジズは相変わらず微笑みをたたえ頷いた。
「シャルロットは心を持っています。
ですから、きっと彼女は今に私達のように動き出しますよ。」
ジズの一言に、ペペは目を輝かせた。
「それ、ほんとう?」
「えぇ、本当ですよ」
ぺぺはそれを聞くと小さな体目一杯に飛び上がり、
ジズとシャルロットの周りを走り回りだした。

シャルロットはその様子を見るとくすくすと笑い出した。
「やったー!ぼくね、ぼくね、シャルロットの一番さいしょのおともだちになり
たいな!」
ぺぺは飛び上がりながら息を弾ませたまま一気に喋りきった。
「そうしてあげてください。シャルロットも喜ぶでしょう」

ジズがそう答えた時、教会の扉がまた音を立てた。
と同時に砂糖をこぼしたような雨音が薄暗い教会内に響き渡った。

扉の前には雨に濡れた修道服を身に纏った少女。
少女は濡れて黒く艶やかになった服を絞りながらうんざりした顔を上げた。
しかし、教会内に居る男の姿を認めると、
その少女はうんざりした表情から一転して、突然厳しい表情になり、
ジズをそのエメラルドグリーンの瞳で睨みつけた。

「また貴方ですか…」
少女の冷たく言い放った声が響き渡る。
「あ、アンネース…」
さきほどまで飛び跳ねていたぺぺは急に大人しくなると、
自信がなさそうに上目遣いで少女の名を呼んだ。
シャルロットはいつの間にかジズのマントの下に隠れていた。

アンネースはため息をつきながらこちらに早足で歩み寄ってきた。
カツカツと、靴音が聖堂内に響く。

「ペペ、掃除は終わったのですか?」
「う、ううん…まだ…」
「私が帰るまでに終わらせておくよう言ったはずです。」
ペペは元気なく俯いた。
「…ごめんなさい…」
アンネースはジズを振り返り再びキッと睨みつけた。
「貴方は何か他に用でも?」

ジズはアンネースの表情と対照的に微笑みを絶やさない。
「いえ、今日はもうありませんが…」
シャルロットが不安そうにマントの下からアンネースを見上げている。
アンネースはその視線には目もくれずに、最後に冷たい言葉をジズにぶつけた。
「そうですか。それでは、早々にこの教会から出て行ってください。」
「アンネース!!」
咎めるようなペペの声が教会内に
響き渡った。

沈黙を洗い流そうとする雨音が聞こえる。

「…わかりました。行きますよ、シャルロット。」
シャルロットが、きぃと人形らしい音を出してジズとともに歩きだし、
アンネースの横を通り過ぎていった。
アンネースはそれを気にかける様子もなく前を見つめていた。

バタン


扉が閉まり、教会内に静けさが残った。


アンネースはしばらくじっとして、両手に拳を作っていたが
雨音が教会内に染み渡るとその拳をほどき、歩を進めた。



先ほどよりも強く振る雨の。

ひんやりとした空気の中で
人形師と人形はゆっくりと歩きだす。
巧みなジズの手の動きにあわせて、シャルロットは舞うように歩く。

「自分でも、少し動けるようになったじゃないですか。シャルロット」

ジズがそう言うと、シャルロットはジズを見上げて
少しはにかみながら頷いた。

その顔は、すこし紅に染まったように見えた。





――――――――――――――
シャルロットは段々人間に近づいてきたようです。

今回はぺぺとアンネースさんが出せて満足です。

ところで司祭の修行をしている人よりシスターの方が立場が上なのか?もし違ったら申し訳ないのですが大丈夫?

どうしてアンネースがこんなにジズに対して非道いかって?それはお楽しみ。

よーし次回こそはシャルロット喋らせてやる!!!
――――――――――――――PS  無邪気なペペ、可愛いよね。