轟々と闇夜に吹き荒む生温かい風。
それは赤い月が出ているからなのか、うっすら血のぬめるような感じすら覚える。

満月はより一層怪しい輝きを増し、刺々しく延びている黒い植物を掻き分けながら進む一人の男を静かに睨みつけていた。


ジズの身に着けている衣服は、棘に裂かれ、ところどころ大きく破れ、
数分ほど前まで輝きを発していたあのヴィロードの面影はかすみかけていた。

「くっ・・・」

蔦がジズの足に巻きつく。
まるで、ジズが進もうとすることを妨げるように。
払いのけたかと思うと、今度は鋭い棘のとげが勢いよくジズの左頬をかすめた。
間一髪顔を右にひねらせたジズの頬からは、薄くじんわりと赤い一文字が染み出した。

ジズはそれを拭い、また小さく舌打ちをした。

その時、背後で草木が不自然に蠢きざわめいた。
ジズは動きを止め、背後の気配に神経を集中させた。

―追っ手・・・?

様々な考えを巡らせていると、背後の気配は小さく叫び声をあげた。
どうやら呼んでいるようだ。

「―どなたでしょうか?」

ジズはステッキを握る手のひらに力を入れると、静かに問いかけた。

「―ジズ、ボクらだよ」

気配のあたりから、聞き覚えのある声が届いた。

「屋敷から飛び出てきた所を、追いかけて来たんだ。」

草木の間に、深い青と緑の髪色が映えた。
ジズ同様傷だらけの姿で現れたのは、妖怪二人―スマイルとアッシュであった。
2人は思いつめた深刻な表情で、杖を構えるジズを見つめた。

幽霊紳士は構えた杖を静かに下ろし、少し殺気を込めて光っていたモノをカチンと音を立ててしまい込んだ。


彼らはガサガサと草木をかき分けて、ジズのいる場所にたどり着くと

突如アッシュはジズの胸ぐらをつかんだ。

「あ、アッシュ!!」
スマイルはアッシュの突然の暴挙に慌て、咎めたが
アッシュは警戒する番犬のごとく唸り、ジズを睨みつけた。

「どういうことッスか・・・」

ジズは黙ってアッシュを見下ろす。スマイルはいつになく凶暴な相方の対応がわからず
ただ焦っていた。

「なんでしょう。急にこのような行為とは、人にモノを聞く態度とは・・・」
「とぼけんな!」

普段は誰よりも礼儀正しいアッシュが、歯を食いしばり咽を唸らせ
人を―増してや、ジズを威嚇するなどあり得なかった。

ジズは顔には出さなかったが、戸惑っていた。
スマイルの様子を見ると、彼でさえアッシュのそのような姿を初めて見たらしく、
おろおろと2人を見比べていた。

ジズは戸惑っていた―

アッシュのかつてない暴挙に。―そうか?本当にそれだけだろうか。

アッシュは胸ぐらをつかんだその拳にさらに力を入れ、低く唸る。
彼の力強い拳が、胸元で震えているのを感じる。

「リーダーが・・・ユーリが・・・連れてきた謎の侵入者
その侵入者からは、何故か・・・ジズ・・・
あんたの臭いがしたんッスよ。」

ジズは一瞬目を見開いたが、すぐに呆れたようにため息をつくと
アッシュを目で軽く嘲笑した。

「フフ・・・笑わせますね・・・何を根拠に―」
「俺は狼だ!」

アッシュはますます高く吼えた。
そしてより一層痙攣し、紅潮した頬が
彼の頂点にまで達した怒りを示していた。

「あんた、一体ユーリに何をさせた?!
侵入者の手助けがどんな重罪か解っているのか?!」

アッシュはジズを力任せに大きく揺さぶった。

「世界を追放させられるんだ!!

ユーリは、あんたなんかの為に、この世界から、『消滅』するんだよ!!」

アッシュはそう早口で怒鳴り散らすと、数秒息を弾ませると、突然なにかが途切れたように肩の力が抜け、膝をがくりと落とした。

たがしかし、緑の髪の向こうから、鋭い眼光がまだ届いている。
ジズは、先ほどとは違い弱々しく胸ぐらをつかむ主を冷酷に見下ろした。

この男は、弱いのだろうか。それとも、強いのだろうか。

先ほどから不安げにやりとりを見守っていたスマイルが、
氷と炎がぶつかり合うこの空気に終止符を打とうと、噛み締めて白くなった口を開いた。

「ジズ、アッシュもボクも、いろいろ混乱してるんだ。
だから―」



「さっきから聞いていれば」



空気がギリギリ、メキメキと音を立てて揺れ出す。
空気に気持ちの悪い電撃のようなモノが流れ出す。
四方からどす黒い風が吹き、ジズの元へと集った。
ジズの先程までの冷酷な瞳は、さらに凶悪に―そしてかつてない怒りを帯びていた。

心臓の奥から締め付けられるような感覚と押し潰される様な空気に
スマイルは、圧力に耐えかねて地面に倒れ込んだ。

「はぐっ・・・・・!」
「スマイル!」

アッシュは血が滲みはじめていた拳を放ち、胸を押さえ倒れているスマイルに駆け寄ろうとした、が

「い"っ・・・・・!」

アッシュの左腕はあまりにも非力に引き戻された。

「ひとつ言わせてもらおうか。」

アッシュの左手首には焼けるような激痛が走った。
ジズは全く微動だにせず、ただ鋭い爪を狼の手首に食い込ませている。

頭上の月が―隠れた。

「うっ・・・がぁ・・・」
「私が、ユーリに侵入者の手引きをさせた?
本当にそうだと?」

アッシュを嘲り笑う声が彼の頭を鈍く貫く。

「笑わせる」

激痛が増した。

「があぁあ!!!」
「あっ・・・しゅ・・・」

チリチリと焼け付くような空気から、スマイルは懸命に声をかけたが
その頬にはいやな感じの汗が伝っていた。

「私は何も知らない。
第一理由がないのだよ?ユーリを陥れる理由がね。

『臭い』がした・・・・・というだけで、
その貧弱な力でかなわぬ相手に牙をむく。

愚かな狼だ・・・君は理解していない」

アッシュの左腕がぎしぎしと軋み、痛みは頂点に達する。
遠のく意識。

ひとつだけ感じる違和感。
痛みとともに、降り積もる違和感。
これは、なんの違和感?
違和感に溢れる嘲笑。
違う、ちがう、チガウ。

俺を捻り潰そうとしているこいつはちガう。

少しずつ聞こえてきた、違和感の正体。
こいつは誰誰誰。

「理解してない・・・それは私?解らない・・・私はあの人をどうしたいのか。
私のモノに。そう私のモノに。」

アッシュの左腕からじわじわと痛みが引いていく。

黒い風はやんだ。違う風が吹いた。
木々の追い立てるようなざわめき。
かすかな紅い月光が、隠れて消えていた光がのぞく。

「私が欲しいのは、彼女。彼女。
では、私は?いったい何を?
彼女のぬくもり?何を?どんな?わからない。何を?
解らない解らない解らない解らない。」

先程まで捻り潰さんとしていたアッシュの左手をはたき落とすように放つと、
狂気なる幽霊紳士はよろめき内なる自分におののき頭を押さえ込んだ。

黒い風が再び吹き荒む、もうひとつの風とぶつかり合う。
激しく衝突した混沌の風はジズの周りを吹き上げた。

「う・・・わっ」

スマイルは頭を抑え込みながら、アッシュの様子をうかがった。
彼もまた、木の幹にしがみつき、目の前の異形の光景に目を疑っていた。

「な・・・・なんだよ、これっ?!」
「アッス君!見て、あれ・・・」

アッシュはスマイルが示したとおりに、暴風の中でもがき苦しむジズを見た。


光っている――いや、違う。


混沌としているのだ。
彼の髪色が、服が仮面が。
漆黒の姿の時には森の風が激しく
純白の姿の時には黒の風が激しく




深緑の髪がゆらめき、深紅の瞳が見開かれる。

「ヴィル」
「ああ」
「―始まったよ。」
「ふん、そのようだな。」




立ち止まり黒いドレスが揺れる。

「これはっ・・・ジズ・・・!
いえ、ニアの・・・!!」




「ア、アンネース!」

腕の中の黒きぬいぐるみ。

「これは・・・一体・・・」

その震えが意味する物は恐怖か、それとも




悪の気に覆われし、漆黒の大聖堂。

「ふむ・・・ニアのやつめ。
おっぱじめたようだぞよ。」
かたかたかたかたかた。




深い深い黒き森の底。
「森が、さけんでいるみたいだね。」
「さて・・・と。
俺たちの出番だな。
命令どおり、やつを殺す。」




魔女の集いし、北の谷。
風に乗って狂気が舞い踊る。

「ヴィルヘルムのやつめ・・・しくじりおったな。」




黒き森の中心。小さな丸太小屋の中。
「これは・・・ジズ様、いえニア様の・・・」

丸太小屋・・・片翼の吸血鬼。
「くっ・・・」
体をゆっくりと起こし、包帯を押さえる。
「はっ・・・まずいことになっているようだな・・・」
苦しみを紛らわす微笑みから、汗が伝わる。
そして、隣で静かに眠る薔薇の花のような少女に手をそっと伸ばす。

「これは、私や君が思っていた以上に厄介なようだ。」

白い指は『少女』の頬を優しくなぞる。

「シャルロット―」




触れた指先の少女は小さく儚く呟く―

「じ・・・ず・・・」





全ての者達が動き出した。
風も草木も月も
光も。そして闇も―。




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お待たせしました!(待ってない
お久しぶりです。テストが終わり調子ぶっこいてみました。

久しぶりということもあり普段よりちょい長め。

やっと佳境に入ってきてお母さんはうれしいです。
急かしたやつは感想よこせww(ぇ
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