愛故に  慈しみ

愛故に  憎しみ

愛故に  癒やし

愛故に 傷つけ

  愛故に




【或る人形師の輪舞曲]V】




赤く鋭い翼は月光と風を切り、どんどん上昇していく。

夜の凛とした空気は、風になることにより鋭い刃になる。

ユーリの頬に一瞬閃光のような痛みが走ったかと思うと、
小さく裂けた傷口から鮮血がほとばしった。

ユーリはそちらの方をちらりと見ると、袖で傷を拭い
その手で胸元のシャルロットをより強く抱きしめた。

―耳鳴りがする

ユーリは今までになく焦って高度を上げていることに気がついた。
そしてその焦りが自分達の命を脅かすことにも。


月は目前まで迫っている。
『門』は避けて通れない。

命を脅かしてまで行く理由が、そこにはある。

月の影が近づく。
思っていたより、影は狭い。
満月の次の晩の影の大きさは、ほとんど無に等しいのだ。

ユーリは歯を食いしばり、体の傾きを90°変えた。
風の抵抗が彼を痛めつける。
体を縦にして、やっと通れるような体制になったとき、
目の前に月影が広がっていた。

飛びこんだ。


途端に暗闇が広がる。
右の翼に激痛が走る。

―くそ、折ったか。

途端にユーリはバランスを崩し、
方向を定めることが出来なくなった。

折れた右翼は力なく羽ばたこうとしているが、
完全に機能しなくなるのも時間の問題だ。
左翼も限界だ。

―ガラにもなく墜落か。

2人は徐々に下降し始め、回転しながら暗い闇の底に落ちていった。

さながら、散り際の花びらのように。


   》》》《《《


「ジズ、起きなさいよ。だらしない。」

ジズは目を開けてからしばらく考え込んだ。
そしてひとりで納得すると、自室のベッドから体を起こした。

「私最近寝起きのあんたしか見てない気がするわ。」
リデルの声が左から響く。
その声ははあ、呆れた。という感じだ。

「お見苦しいところを。」

ジズは虚ろな目のまま、傍らにあった帽子をかぶり、
ベッドの右側から降りようとリデルに背を向けた。


その時、

空気という空気中に重苦しく大きな振動が走った。


リデルは警戒する態勢をとった。
「これは?!」

ジズもとっさに立ち上がり、割れた窓に駆け寄った。

「これは・・・
誰かが『門』をこじ開けたようですね。」

押しつぶされそうな感覚の中、リデルは叫んだ。
「そんなの・・・っ
ヴィルヘルムか、ユーリにしか出来ないわよっ!」


言い終わると同時に、ぴりぴりとした空気は徐々に沈み始めた。
再び空気がしんと静まり返った時、
その沈黙を突き破るように、ジズ達の後ろの扉が大きな音をたてて開かれた。

「侵入者だ。」

開かれたドアから、ヴィルヘルムが肩をいからせ入ってきた。

「侵入者・・・?
ユーリではないのですか?」
ジズが不振がって眉をひそめると、ヴィルヘルムは険しい顔でジズを睨みつけた。
というより、窓の向こうの何者かを睨みつけているようだった。

「いかにも、ユーリだ。
しかし、無駄な魂がついてきている。
弱々しい魂だ。今にも消えようとしている。

それが侵入者だ。」

そう、静かに、しかし声を荒げたヴィルヘルムは
リデルとジズに自分でも察知するように促した。

2人は精神を集中させて、かすかな魂の出所を探した。
そして、僅かながら魂の香りをくみ取ると、リデルはその意外な存在に驚愕した。

「この娘・・・・・まさか・・・
でもこのままじゃ・・・」

リデルが言い終える前に、ジズは壁に掛けていたマントを羽織り、ヴィルヘルムの前に躍り出たかと思うと
ヴィルヘルムの横をよぎった。

扉を通り抜けて行こうとしたとき、
「待て」というヴィルヘルムの声でジズは立ち止まった。
そしてヴィルヘルムは声を低くして、その鋭い目で彼を睨みつけた。

「何処に行こうと言うのだ。」

ジズは僅かに目を部屋の中に向けると、
冷ややかな声で応えた。

「自分の気持ちに決着を。」

そう言うと、ジズはマントを翻し、部屋に残された二人の視界から消えた。

早い靴音が段々と小さくなってゆく。




ジズの残した、冷たくもざらついた空気が、沈黙した2人の間を流れた。


「ジズ…」


リデルは誰も居ない扉を見つめ呟いた。

ヴィルヘルムは、割れて粉々になった窓ガラスに近づき
鋭く尖った破片を拾い上げた。

その鋭いナイフのようなモノは指先に抵抗もなく刺さり
彼の指先からは赤く血がにじむ。

ヴィルヘルムは己の血を見つめたままその口を開いた。

「リデル」
「はい。 」

リデルは慌てて意識をヴィルヘルムに向けた。
ヴィルヘルムはなおもガラスをいじり続けている。

リデルは呼ばれた理由を待ち続けていたが
次の瞬間に目の前の男から放たれた言葉に凍り付いた。


「ジズを止めろ。
出来なければ消せ。ユーリもだ。」


「えっ・・・な、なんで」
「抵抗するな。これは命令だ。」


リデルは、ぐっと詰まった。
その目には僅かに涙がにじみ、噛み締めた唇は震え出し
いまにも怒鳴りつけそうなほどに肩を震わせている。

冷徹な表情のヴィルヘルムを、きぃっと渾身の恨みを込めて睨みつけると、
リデルは部屋を飛び出していった。


リデルが飛び出した持ち主のいない部屋は、空間が止まったようにしいんとしている。
人形のように立ち尽くすヴィルヘルムは、不意に感じた背後からの視線に気が付いた。


「・・・・・そんな顔をして私を見るな。」


背後からの視線の正体は、新緑の森のような髪色を持つ、ヴィルヘルムと瓜二つの少年だった。
彼のそのか細く白い身体の首と手足には、それとは不釣り合いの大きな首輪と手枷と足枷が、がっちりとはめられていた。
それらには、いずれも太い鎖が繋がっており、部屋の外へ続いていた。


「見るよ。」


少年は、何か残酷な物を目の前にしてそれを憐れんでいるような表情で、半ば棒読みで答えた。


「ヴィル。それは、禁忌だ。
彼だって縛られてるんだ。ニアに。
消さなければならないのは、ニアであって、ジズじゃない。」

少年は、棒読みの調子で続けた。
その間も、彼の瞳は暗がりを映し続けていた。

ヴィルは、ガラスの破片を持っていた手を下に向けて開いた。
カチャンというガラスのぶつかる音がすると、ヴィルは少し顔を少年に向け、低い声で呟いた。


「わかっている。」
「知ってたよ。」


少年はかすかに微笑んだ。
ヴィルも悲しい瞳で小さく小さく微笑んだ。


    》》》《《《


鬱蒼とした暗く深い森の中

木々は何か噂話をしているようにざわめき、揺れていた。


木々が見下ろすその下に、傷つき横たわっている2つの姿があった。




黒く、生ぬるい風が森を吹き抜けた。




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というわけで。

いよいよ突入編。まあわかりやすく言えばソウルソサエティ潜入みたいな。

突入直後に死亡フラグ。
きっと・・・大丈夫だよ。

結局緑いのは名前が出てくる前に次号。

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