【或る人形師の輪舞曲]U】




深淵な洞窟の底のような闇空に、煌々と紅い光を放つ月が下界を表情を変えずに見つめている。


ジズは自室にこもり、窓際に机を用意し、
その机の上で手元を一心に見つめていた。

視線の先にある未完成の人形は
一見生きているかのように精巧に見えるが

―何か、何かが足りない

ジズは、言い表すことの出来ない焦燥感と絶望感に襲われた。

その不出来な人形を窓枠に置き、
小さな丸机の脇にもうひとつあった
これまた未完成な人形を手に取り、おもむろに作業を始めた。


しかし、数分も経たないうちにジズはその手を止め、
また人形を置いた。

ひとつため息をつくと、ジズは窓枠の向こう側で輝く赤い月に目を向けた。

今日も一際赤い月である。
血のように恐ろしく、
薔薇のように美しくもあるその月を眺めていると
不意にジズの脳裏にあの時のすがりつくように泣くシャルロットが浮かんだ。

――また独りぼっちになるのはいやよ

この手にしがみついていた弱々しい彼女の両腕。
それが何かに似ている気がして
ジズはとっさにその面影を振り払おうと目を強く瞑った。

――ジズ
―――ありがとう

なおも消えないその面影に

――私はすきよ。雨の空も、晴れの空も

ジズは寂しさと苛立ちを覚え、

――ある人間に、特別な感情を抱いているそうだな

普段ないような感情がこみ上げ、

――そのうち別れることになるなんて、解ってたでしょ?

いわば衝動的に机の上の物を両腕で全て凪払った。

部屋に悲惨な音が飛び散る。


ジズはゆらりと立ち上がり、
人形の残骸や道具が散らかった足下を息を荒くして睨みつけた。


数分睨み続けていたジズは
今度は突然崩れ落ちるように椅子に腰掛け、
両腕で頭を押さえて俯き、低い声で小さく呻き声を上げた。


『ジズ、君ともあろう者が
らしくない。』


突如、ジズの他には誰も居ないはずの部屋に声が響き渡った。

ジズは顔を上げ、目を細めながら扉を見た。
が、開閉した気配は無い。

振り返り窓を見ると、自分の姿とうり二つの白い衣装を身にまとった男が、
ガラスからこちらを面白そうに眺めている。

「インソムニア―」

ジズはその男の名を小さく呟き、こう続ける。
「あなたがこうして現れるのは―ざっと200年ぶり位でしょうか?」

『ざっと?』
インソムニアと呼ばれた、ガラスの中の男は嘲るように答えた。
『君が"ざっと"で答えるなんて
どんな変化だい?
184年ぶりだよ。』

インソムニアは肩をすくめた。

「そうでしたか?
最近記憶があやふやでしてね。」
ジズは笑顔だったが、目は笑っていなかった。
言葉もなんだか刺々しい。

しかし、インソムニアはそれを楽しみ、面白がっているようだった。
『そうかい?
その割には、シャルロットのことを忘れられないみたいだけど?』

ジズの目つきが変わり、鋭くなった視線でインソムニアを睨みつけた。
ガラスの中で、その視線を軽くかわし
『そう怖い顔をしないでおくれよ』
と困ったように笑った。

ジズは不機嫌に目を逸らし、足下に散らばった物を拾い集めようと屈んだ。
その様子を見下すようにインソムニアは続ける。

『そんなことになってしまったのも、184年前だったかな。
あの夜は大変だったな。
床一面に僕達の血だまりが広がって。

君も覚えているだろう?』

ジズは黙々と人形を抱きあげている。
が、

『―シャルロットだよ。』

その一言で、ジズは動きを止め、そして鋭い形相で窓に振り返った。
ジズの口は、小さく「黙りなさい」と呟いた。
しかしインソムニアはお構いなしに続ける。

『またあんな悲劇が起こらないようにと』
ジズの口がまた動く。
『君がまた愛する人を壊さないように』
ジズの肩が震えている。眼孔もより一層鋭くなった。
『あの"シャルロット"も同じ運命を辿らないように
表に置き去りにしたのだろうけど―』
「黙りなさい!」

窓ガラスが粉々に砕け散る。


また息を荒立たせたジズは、床に横たわる作りかけの赤い人形を手に取った。
その人形はたちまちボロボロに崩れ落ちる。

手が、震える。
これは、恐怖?悲しみ?怒り?

カナシミイカリキョウフサビシサクルシミイラダチイト
シサイツクシミコウカイアナタガアナタガアナタハア
ナタガホシイコワシタイワタシノモノニワタサナイマ
モリタイアイタイダキシメタイコワシタイワタサナイ


「ああああああああああああああああ!!!!!!!!」


  《       》



「ユーリ!!」

恐ろしいほどに沈黙に包まれ、月の光に柔らかく照らされた墓場で、
ユーリはシャルロットを抱えその神々しい光の主を見上げていた。

ペペが駆け寄る。
「ぼ…ぼくも行きたい!
ぼくもジズに会いたい!だめ?!」

息を弾ませ、ユーリの服の裾をつかみ、
ペペは泣きそうな顔でそう言った。

ユーリは少し驚いた顔をすると、ふっと微笑み
ぽんと優しく手を彼の小さな頭に乗せた。

「・・・・・駄目だ、彼処は生者の行っていい所じゃない。
きっと、戻ってこれなくなる。」

ユーリがペペの頭をぐりぐりと撫でると
ペペはもっと泣きそうな顔になった。

「だって・・・それでもいいよ。
ぼくもジズに会いたいんだ!」

ペペはそう言うと、泣きじゃくった。
近くにいたアンネースはペペをそっと抱き寄せると、
優しく、そして辛そうに抱きしめた。
ペペはアンネースの胸の中で何かが弾け飛んだように泣いた。

ユーリも、それを辛そうに見つめ、口を噛みしめ、一瞬目をらす。
しかし一度目を瞑り、顔に小さく微笑みを作ると
ユーリはペペに歩み寄った。

「ペペ」

ペペは鼻をぐずぐず言わせながら
ユーリの悲しげな笑顔を見上げた。
ユーリはシャルロットを置き、ペペの両腕をとり、真っ直ぐに瞳を見つめる。

「大丈夫だ。
ジズなら絶対に、連れ戻す。
また絶対に会える。」

ペペはしゃくりあげ、
「ほんと?」
と聞いた。
ユーリは笑顔で
「ああ、本当だ。
目を見ろ。嘘をつく目か?」
と答えた。
ペペは首をぶんぶんと振った。

そして「・・・がんばってね。」
と呟いた。

ユーリはうなずくと、最後にもう一度ペペの頭に手を置き
それからシャルロットを再び抱えて立ち上がると後ろに振り返り歩を進めた。

「お気をつけて。」
アンネースの声に一度立ち止まり、また少し微笑むとまた歩み出す。


そして、最も月の光の当たる開けた場所に立ち、
ユーリは美しい紅の両翼を広げた。


「シャルロット、聞こえているか。」
抱えられたシャルロットは微かに頷いた。
「今夜は月の影が狭い。
すなわち門が狭いと言うことだ。
私はいつも新月を選んで行き来している分、これはかなり危険だ。」

両足が地面からふわりと浮く。
「だから、しっかりと掴まっていろ。
残る力の限り。
私も力の限りお前を強く抱く。
―いいな?」

シャルロットはまた小さく小さく頷いた。

ユーリはそれを確認すると、地面を強く蹴った。

するとたちまち風が起き、紅の両翼は大きく羽ばたいた。





――――――――――――――


今回は文章表現がんばってみたよ!

感想待ってる!!感想は俺のエネルギー源!!
――――――――――――――