大きく広げられた鮮血のように紅い翼は、ゆっくりと羽ばたいている。

「ユーリ…さん?」

シャルロットはちりちりと音を立てる恐懼の間から声を振り絞った。

そこにいるユーリからは、先ほどまでのいたずらな表情は消え、
その不敵な微笑みは、シャルロットをどこか遠い世界に誘っているかのようだった。

不意に、紅い翼が2人の間を遮る。

次の瞬間に目の前にいたのは、先ほどまでとは別人のように爽やかに微笑むユーリであった。

「驚いたか?」

ユーリはいたずらっぽくウィンクすると、
翼を軽く仰ぎシャルロットからふわりと離れた。

シャルロットは呆然とそこに立ち尽くし、
少し腫れてしまった目で優雅な吸血鬼を見つめた。

ユーリはクスッとその様子を面白がるように笑うと、軽く手招きした。


「さぁ行こうか。カンタ達が君を心配しているよ。」




大理石の床にくすんだ白の柱が立ち並ぶ薄暗い大広間。

弱々しい蝋燭が規則正しく並べられた、
ちらちらと怪しく輝く漆塗りの長テーブル。

天井には美しくもどこか不気味な絵画が描かれており、
その下には蜘蛛の巣を被って埃まみれの巨大なシャンデリアが三つほど並んで下がっている。


その下で、ジズは細かく切った紫色の何かを銀のフォークで口に運ぼうとしていた。

すると、不意に
「ジズ」
という声がはるか前方から響いて来た。

ジズが静かにナイフとフォークを置き、目を前方に向けると
20脚ほどの椅子が並ぶその先で、手を休めたヴィルヘルムがこちらに顔を向けていた。

「久方ぶりの『常闇』の朝食はどうだ?」
ヴィルヘルムは顔にほんの少しの微笑みをたたえている。
そしてその笑顔は少し皮肉を含んでいるようでもあった。

「えぇ…やはり、闇夜の下で迎える朝食という物も、なかなか珍妙で愉しいものですね。」
ジズは丁寧な口に合わせて皮肉を返した。

少し眉をひくつかせた笑みを浮かべたヴィルヘルムを視界の隅にやり
フォークとナイフをきちんと並べ、ジズは立ちあがった。

「私はこれで失礼します。」
「どこへ行く。」

ヴィルヘルムが厳しい口調で問いかけると

「いえ…ただの食後の散歩ですよ」
と軽く微笑みながらお辞儀をし、
くるりと方向転換し大広間を出た。

ヴィルヘルムはそこに半分以上残っている食事達を冷めた目で見つめ
「下げろ」とだけ言った。




紅い月がぼんやりと照らす黒い庭。
枯れた草花はかわいた音を立てながら擦れあい
壊れかけ、不気味に口を開けた異形の獣の像にはいばらが巻きつき、不気味な薔薇の花を咲かしていた。

ジズがその薔薇を手に取ると、さっきまで赤いと思っていたそれは
たちまちぼろぼろに崩れ落ちた。

手のひらに残った砂のような薔薇の粉は
まだ月の光で赤く『照らされて』いる。

元々枯れている赤くない薔薇の花。

だれもこんな物は愛おしいと感じないのだろうか。
たとえ私が愛していなくとも、誰かが愛してくれるのだろうか。

ジズは手のひらを見つめながら
色とりどりの色彩で彩られたみずみずしく輝く花びらと
溢れんばかりの笑顔で、それらを愛おしそうに見つめるヴィルヘルムの横顔を思い出すと
不覚ながら小さく吹き出した。


不意に、背中に何かがぶつかったような鈍い衝撃が走り
ジズは前につんのめった。
何事かと振り返ると、背中にしがみつく包帯だらけの男の姿があった。

「じっずー!!ひっさしぶりぃ!」

「お久しぶりです、スマイル。
元気そうで何より。」

スマイルはにかぁっと笑う。

するとスマイルのつんつん頭の向こう側から、
緑の髪の男が荒れた庭の草をかき分け現れた。

「お久しぶりッス、ジズさん。」
「アッシュ。貴方も元気そうでなによ…」
「おっそいよー犬ー」
「犬言うな!!」

自分の周りで弾丸のように飛び交う2人の声に少々困りつつも
スマイル達より頭一つ背の高いジズは
庭をぐるりと見回し、一人足りないことに気付いた。

「お二方、」

2人はジズの声に気付くと、子供のような言い争いをとりあえず止めた。

「なんスか?」
「ユーリが見当たらないのですが?」

アッシュが、ああ、と納得したようにうなずき、口を開くと
スマイルの声が割って入った。

「ユーリはまた表に『狩り』に行ってるよー!!」

スマイルはジズの後ろからペロリと舌を出してアッシュを挑発するように見た。
アッシュは何事か(こンのガキャアあああ!!)喚いてスマイルにつかみかかった。

「そうですか…久し振りに会って
お茶でもしようかと思っていたのですが…」

ジズが残念そうに呟くと、アッシュがスマイルに鼻をつままれながらジズに向かって叫んだ。

「ホンどもうじわけ、なひっズ!
うぢのリーダー、ほんど間が悪ぐで…いだだだだだ!!」

スマイルの矛先は口に変わったらしく
今度はアッシュの口を裂けんばかりに横に引っ張り始めた。
スマイルは満面の笑みで振り返る。

「ジズー
頼りないユーリの代わりにうちのリーダーになってよー」
「それは出来ませんよ。」ジズもにこやかに返す。
「私には楽器も、歌声もありませんからね。」

スマイルは苦しみのBGM(「いだだだだだ!!裂ける!!口裂ける!!」)の中続ける。
「ううん、あのヘタレナルシストリーダーより
ジズの方が何倍もいいよ〜」




「っいっぐし…っくしゅん
……フィックショーン!!」
ユーリはダイナミックなくしゃみを3連発した。

「フィクション…?」
「3回したね。くしゃみ。」

ユーリはどこからか紙を取りだして鼻をかむと
何故か優雅な手つきでそれをくずかごに投げ入れた。

「フフ…くしゃみ3回は美貌の噂だ。
どこぞの美少女が私の噂に酔いしれているのだろう…」
言いながら、ユーリは自分に酔いしれているようだったが
アンネースは聖書から顔を上げずに
「悪口を3回。」
と呟いた。

場の空気が一瞬凍る。
が、ペペはちょっと嫌な汗をかきながらもシャルロットに声をかけた。

「『トコヤミ』…いつ行くの?」
「え?」

視線がシャルロットに集まる。
シャルロットは胸のあたりに手を当てて少し俯いた。

「本当は、今すぐ行きたいの。」

胸に当てた手はドレスを握る。
その弱々しい手は微かに震え始めた。
震え、噛み締めた唇はだんだんと白くなり、瞳はまた潤んだが
シャルロットは目頭にこみ上げたものを振り払うかのように、
首を横に振った。

「ジズに会いたい…会いたいの。
でもね…でも…」




「私、ジズに会っちゃいけないんじゃないかって…
そういう気がするの」




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ボンジョルノ!(ぇ

ちょっと間の空いた第十話ですね。終わり方微妙…
くっそうジズスマサイトなんてものを魔が差して見たせいで
スマイルがジズ大好きっこに。

大丈夫だよ、ただ甘えたいだけだから。そこに恋愛感情はない。断じて。

にしてもDevilの野郎共は酷いな。

ヒロイン空気。…そこにロマ…愛はあるのかしら

あるよあるよ!!絶対にあるよ!!!きっと極度のツンデr(消えてしまえ

そろそろ行かなきゃ。常闇に。

いつ終わるんだろう。この話。
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