雨降るレンガ通りの薄汚い壁に その灰色の風景とは不釣り合いな深紅のドレスを着た銀の髪の少女が寄りかかっていた。 その目は瞬くこともなく、俯いて濡れた地面をじっと見つめていた。 傘を差した人々は皆、その傍を通り過ぎるとき、一度立ち止まって驚愕した様子で凝視するが、すぐに苦笑いを浮かべ去っていく。 息絶えているのではない。 元々「生きていない」のだ。 無造作に棄てられている「人形」は その人間と見紛う美しい容姿とは裏腹に、酷く汚れ、傷つき痛んでいた。 雨はどんどん強くなっていく。 それにつれて人通りが少なくなり、その人形はますます濡れていった。 また、人形は独りになっていく。 ―不意に人形に影が重なった。 その影の主はしばらくその少女の人形を見つめると、 静かに屈んで人形を拾い上げ、広げたマントの下にそっと隠した。 しばらくその場に立ち尽くしていた影の主―仮面の男は、 マントを翻し何事もなかったように歩み去っていった。 遠くの方で稲妻が響きだした。 ―或る人形師の輪舞曲 薄暗く、暖炉と蝋燭だけに灯がともった部屋。 小さな窓から時々差し込む閃光が、様々なマリオネットが並ぶ部屋を映し出す。 湿った部屋に突如稲妻とともに木の扉が軋む音が響いた。 床に男の影が映る。 男はゆっくり部屋の中に入ると深紅の人形を暖炉の傍の椅子に座らせ、 漆黒のマントと帽子を壁に掛けた。 古びた木製の扉がぎぃと音を立てて閉じた。 そして男は人形の向かいの椅子に優雅に腰掛け、人形を漆黒の瞳で見つめた。 仮面で半分隠れた口元が不敵に微笑むと、 ゆっくりと開いた。 「貴女は、実に美しく精巧な人形ですね。まるで生きているよう。」 人形は当然ながら沈黙を守っている。 男は続ける。 「きっと貴女を造った方は貴女に命を宿らせようとしたのですね。」 男は立ち上がり、マリオネットが並ぶ部屋の一角に歩み寄る。 全く微動だにしない人形に背を向け、男はまた口を開く。 「辛かったでしょう、苦しかったでしょう。あと少しで人間になれたというのに。」人形の目に一瞬何かが光る。 先程の雨水がしたたり落ちた。 男は微笑みながら振り返るとこう続けた。 「案ずることはありません」 再び人形に歩み寄る。小さな靴音が壁に反響する。 「生をこめて造るものがいれば、生をこめて動かす者が必要なだけです。」 男は人形の前に屈み、持っていた細い糸を人形の手足と繋いだ。 不意に人形が動き出す。生きているかのように。 いや、むしろ生き返ったかのように立ち上がった。 満足そうにそれを見つめ、男は人形を操り続ける。 「ほら…人間になれた…」 深紅のドレスが薔薇の花のように広がり、人形は静かに踊り始めた。 「貴女の名前はシャルロット。"Charlotte"・・・私の好きな洋菓子の名です」 男の指の動きにあわせ、"シャルロット"は舞う。 男は再び彼女に微笑みかける。 「私は人形師。 人々は私を"ジズ"と呼びます。 以後お見知りおきを…マドモアゼル」 シャルロットの目には稲妻でも、暖炉のものでもない光が輝く。 ジズは静かに、静かに微笑んだ。